2016年03月11日 (金) | Edit |
東日本大震災から5年が経過しました。
振り返って個人的な想いを記録しておこうと思います。
 
本日改めて
現地や避難先で生活を立て直すために尽力されてきた
被災者・避難民のみなさまに労いの意思と、
復興の現場に携わってきた(いる)
すべての関係者・支援者に感謝をささげます。
 
関東からできるだけの支援をしてきました。
無力さを痛感しては東北へ赴き市場のお手伝いをしたいと思ってきました。
それでもできることはいつも限られていて無念な思いでした。

現在被災地はインフラが整備され確かな復興を遂げているとのことですが、
伝え聞いた情報だけでは被災者さんの置かれている現状までは分からないので
前進してるのは確かなのでしょう。
現在もなお17~18万人にも及ぶ避難民が
帰省の選択を前に避難生活を余儀なくされていることも事実です。

移住や帰省された元避難民のみなさんが
仕事・学業・生活などにおける選択を制限されて
さまざまな問題に直面していることに不安を覚えます。
焦点を当てて何ができるかを国民に伝えて欲しいです。
 
5年前の今日、長く大きい揺れに見舞われました。
関東ですら5強に及んだ未知の規模の震災で、小雨が降る中慌てて外へ避難しました。
私は生まれてすぐ関東へ越してきたので生活圏でもなく思い出も少ないのですが、
東北が故郷なので震源を知るなり青ざめました。
 
幸いにも度重なる強烈な余震にもかかわらず
実家は亀裂が入った程度で国の予算で補修され、
親族は大半が無事で仕事も継続できています。
 
東北といえば地味で素朴な住民が暮らしてて(いい意味です)
海や山の産業と観光業で生計を立てている
日本のふるさとと呼ばれる雪国の印象があると思います。
 
実際は、ほかの地方都市や南国と違って暮らすには厳しい地域に思います。
仕事が少ない上に娯楽もなく若者が暮らしやすい土地ではないと。(正直な感想です)
そして雪国の厳しい環境。
 
そんな雪国特有の澄んだ空気と美味しい水が美味しい米と酒を産んだのも事実です。
厳しい自然が育んだ食べ物だからこそ絶品なのです。
古い時代の名残が静かにたたずむのもやはり地方でした。
つまり、観光地としては優れた土地です。
厳しい環境の中で生きる人の温かさが身に染みて、
本当に素朴で欲のない人たちばかりでその人柄を尊敬しています。

大切な人も帰る場所も勤め先も一瞬で失われた被災者への支援、
できることがまだあることをずっと伝え続けて欲しいと願います。
東北は日本の重要な漁場であり、港町は東北の産業の拠点です。
5年も経過した今もなお多くの支援と理解を必要としています。
 
被災地は津波の恐ろしさを繰り返し伝えてきた地域でした。
特に福島の惨状は情報が入り乱れて真偽すらわからなくて不安になる一方でした。
避難所から仮設住宅に移住もできず帰郷もできない避難民に対する差別など、
この世であってはならないことです。
国は福島と福島県民をどうしたいのか。
この5年でどれだけの人生が置き去りにされてきたのか。
震災後の問題は新たに生まれ続けているんですよね・・。
 
津波によって母の生まれ故郷は壊滅的被害を受けました。
一刻も早く故郷に帰りたがってたのに事情でままならず、
それでも何度か帰省しては被災地を訪れてたのですが・・。
私も余裕を見ては帰省して現地の力になりたいし、
支援活動を続けていこうと思います。
できればこれからも東北の活動や生産物に目を通して、
思い出したら立ち寄ってみて欲しいのです。
できる範囲の支援でもちゃんと伝わりますので・・。
 
東北を故郷に持つ田舎者の勝手な願いですが、
ここまで読んでくださってありがとうございました。

追悼の意を込めて5年目の黙とうを捧げさせていただきました。
そしてこれからの5年に、被災者の望む形での復興を祈っています。


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